トーナメントの記憶   
2007年~1986年

その時、ABCゴルフ倶楽部の歴史が動いた~
ABC CHAMPIONSHIP GOLF TOURNAMENT
ABCチャンピオンシップ 
ゴルフトーナメント
[2003年~2007年開催]
賞金王 片山晋呉がその実力を見せつける! エキサイティングなドラマが次々と誕生。
2003年から「ABCチャンピオンシップ」と名を改め、ラークカップ、フィリップモリスカップと2大会にわたって積み重ねてきた15年というトーナメントの歴史に新たな1ページが加わることになる。
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03年大会は、3日目でトップに立った片山晋呉が、通算-23というトーナメントレコードで圧勝。この記録は10年以上たった今でも破られていない。04年は18番でドラマが待っていた。優勝争いを繰り広げる川岸良兼のセカンドショットが、フェアウェイ真ん中の木の根元へ。後ろに球を出すという策に出るも万事休す。マンデートーナメントから出場した井上信が最終日トップを守りきり、感動のツアー初優勝。まさに「18番に運命の女神がいた」というようなドラマチックな展開だった。06年はコースのレコードホルダー片山晋呉が05年の優勝に続き、ABCゴルフ倶楽部史上初の連覇を達成。1番PAR4で決めた122ヤードのチップインイーグルを皮切りにバーディを重ね、叩き出したコースレコード62は自己ベストタイ。トップと4打差をスーパーショットの連続で観客を沸かせ、大会ポスターのキャッチコピーにある通り、まさに「DRAMATIC×EXCITING」なトーナメントとなった。
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2003年 片山 晋呉 -23
2004年 井上 信 -15
2005年 片山 晋呉 -11
2006年 片山 晋呉 -17
2007年 F.ミノザ -14
PHILIP MORRIS CHAMPIONSHIP
フィリップモリス・
チャンピオンシップ 
ゴルフトーナメント
[1994年~2002年開催]
「飛躍の原点」から「奇跡の舞台」まで。様々なドラマを生み出してきた大会。
94年から大会名が「フィリップモリス・チャンピオンシップ」として一新される。賞金総額2億円は当時の国内男子トーナメントNO.1を誇り、ビッグトーナメントの代名詞となりつつあった。
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また、ここABCゴルフ倶楽部は、多くのプロゴルファーたちの“飛躍の原点”にもなってきた。なかでも印象的なのが、95年の覇者 田中秀道だろう。尾崎直道と最後まで競り合った弱冠24歳の田中が、プロ5年目にして涙の初優勝。飛躍の第一歩をここで刻み、一気にトッププロへの階段を駆け上がってゆく。96年は、兄のジャンボ尾崎と競り合った尾崎直道が92年ラークカップに続き2度目の栄冠を手にし、「兄弟対決」の舞台としても盛況を博すことに。そして98年、今まで幾度となく優勝争いに加わってきたジャンボ尾崎が、8打差の大逆転という離れ業をやってのけ、海外勢を押しのけて奇跡の優勝を遂げる。その勝ちっぷりの豪快さは、「さすがジャンボ!」とギャラリーを驚嘆させた。2000年以降も、谷口徹、伊沢利光など、賞金ランキング上位候補が綺羅星のごとく活躍し、優勝を手中に収める。フィリップモリス・チャンピオンシップは、9年間続くことになる。
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1994年 B.ワッツ -12
1995年 田中 秀道 -10
1996年 尾崎 直道 -10
1997年 B.ワッツ -8
1998年 尾崎 将司 -13
1999年 川岸 良兼 -18
2000年 谷口 徹 -12
2001年 伊沢 利光 -16
2002年 B.ジョーンズ -19
LARK CUP GOLF
ラークカップゴルフ
[1988年~1993年開催]
賞金総額1億5000万円を誇る当時では国内最大規模のビッグトーナメント。
1973年~1987年までの15回に渡って開かれた「ABCカップ・ゴルフ日米対抗」が、フィリップモリス社の協賛を得て1988年にツアー公認大会「ラークカップゴルフ」として一新。
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国内外のツアープロが集結するビッグトーナメントとして華々しく開催された。88年の第1回大会は、4週連続優勝をかけたジャンボ尾崎が、高橋勝成を激しく追い上げる展開に。2打差で迎えた最終18番でジャンボが木の真横から絶妙なセカンドショットを見せ、奇跡のイーグルで追いつくかと思われたが、ジャンボキラーの異名をとる高橋が粘りのゴルフでトップを死守。両選手のデッドヒートは、テレビ視聴率15.8%、最終日のギャラリー1万8000人という記録をつくり、全国的に話題をさらった大会となった。90年はジャンボ尾崎と川岸良兼の対決に。桁外れの350ヤードドライブでジャンボ尾崎に「怪物」と言わしめた川岸良兼が、2打差で振り切って23歳の若さで優勝。15番でのジャンボのOBが勝敗の分かれ目となった。91年には大病から舞い戻ってきた横島由一が復活優勝。92年はジャンボ尾崎と尾崎直道の兄弟対決が話題となり、最終日には2万人の観客を魅了。計6回の大会において、多くのスターたちが輝きを放った。
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1988年 高橋 勝成 -11
1989年 B.ジョーンズ -8
1990年 川岸 良兼 -11
1991年 横島 由一 -8
1992年 尾崎 直道 -9
1993年 飯合 肇 -5
LPGA CHAMPIONSHIP
日本女子プロゴルフ選手権
[1986年・1988年開催]
最も伝統のある女子プロトーナメントで、プロトーナメント開催の歴史が幕を開ける。
日本女子ツアーで最も歴史のあるトーナメント「日本女子プロゴルフ選手権大会」が、1986年・1988年と2回にわたって開催された。この大会が、ABCゴルフ倶楽部としては初開催のプロトーナメントとなる。86年大会は、最終日インに入ってから激しい競り合いへ。
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前日まで首位の樋口久子は、14番まで-10としながらも、15番での痛恨のOBから一挙に脱落。その間隙をぬって、この日最少ストローク64(日本タイ記録)をマークした浜田光子に、高村博美、生駒佳与子が-8で並び、大会史上3回目のプレーオフへ突入。2ホール目16番PAR3でピン側1.2mにつけた生駒が鮮やかにバーディを奪い、2週連続優勝を達成。女子プロNO.1の勲章に華を添えた。88年大会は、2年連続賞金王を目指す大迫たつ子が当大会3度目の栄冠。大迫は14番で10mのバーディパットを沈めて首位に立ち、一気に波に乗る。そして、2位の中島恵利華に1打差で迎えた最終18番。勝負はグリーンの最終パットまでもつれこみ、「心臓が止まりそうになった」という80cmのパーパットを沈めた大迫が、シーズン6勝目、通算50勝目を達成。百戦錬磨の大迫がウィニングボールを投げ忘れるほどの緊迫した展開が、大会の接戦ぶりを物語っていた。
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1986年 生駒 佳与子 -8
1988年 大迫 たつ子 -7